基礎研究の強さを、新薬へ。ドラッグ・ロスを反転する『世界直行型』開発
PD-1・iPS・抗体薬物複合体を持つ日本が、治験強化とAI創薬で高成長モダリティの海外市場を獲りにいく戦略と、それを担う機関横断の研究者チーム
本DBの審議と洞察は、PD-1・iPS・ADCという世界水準の基礎研究を持つ日本が、治験強化とAI創薬による『世界直行型』開発でドラッグ・ロスを反転し、海外市場を獲りにいくべきだと示す。
基礎の強さを世界直行型開発へ接続する
日本は世界に通じる基礎研究を持ちながら、生み出した新薬を国内で生めずにいる。がん免疫療法の扉を開いた本庶佑のPD-1、体のあらゆる細胞になれる京都大学CiRAのiPS細胞、狙った細胞にだけ薬を届ける第一三共の抗体薬物複合体という世界水準の蓄積がありながら、欧米で承認された新薬の約6割が国内では開発に着手すらされない「ドラッグ・ロス」に直面している。優れた種は生まれるのに、それが日本で薬にならない。本レポートは、この基礎の強さと産業の弱さのねじれをどう反転させるかを問う。
審議と洞察が示す勝ち筋は明快である。世界水準の基礎研究を、治験の強化とAIを使った創薬でつなぎ、はじめから世界市場を狙う『世界直行型』の開発に乗せること。まず国内で承認を取り、後から海外へ広げるという従来の順序では、上市まで時間がかかり、その間に海外の競合に先を越されてしまう。この順序を捨て、抗体医薬・細胞遺伝子治療・AI創薬という高成長の技術で、最初から海外市場を獲りにいく。基礎研究の種を、世界に直接届く薬へと育てる開発の設計思想である。
市場は巨大だ。世界の医薬品市場は2024年に約1.6兆ドルへ達し、前年より9.1%伸びた。その伸びを牽引しているのが、抗体医薬や細胞・遺伝子治療といった先端の技術である。政府はこの状況を受け、創薬力の強化を単なる産業政策ではなく健康と医療の安全保障に位置づけた。そのうえで、低分子の新薬50件・希少疾患薬150件・国際共同治験150件という具体的な数値目標を掲げている。この目標が、日本の狙うべき収益機会の在り処と、進むべき開発のかたちを同時に指し示している。
一方で日本は分岐点にも立っている。薬の価格を継続的に引き下げる制度が続けば、日本市場の魅力そのものが下がり、世界の新薬に素通りされる。米国はNIH(国立衛生研究所)が年470億ドルを投じ、欧州・中国・英国・韓国も薬事改革と集中投資で激しく競っている。潤沢な資金で正面から張り合うのは容易ではない。この競争のなかで、薬価がイノベーションを正しく評価できるかどうかが、これからの創薬投資の成否を分ける最大の鍵になる。制度設計を誤れば、強みがあっても素通りは止まらない。
人材面には、統計を見なければ気づきにくい弱点がある。分野の研究者は約22,006名にのぼるが、その分布はがんの分子標的や基礎・再生の研究に大きく偏っている。勝ち筋である核酸医薬・AI創薬・ドラッグデリバリーといった実装に近い技術ほど、少人数ずつ大学や研究機関ごとに散らばり、束としての力を発揮しにくい。基礎研究の強さが産業へ十分につながらない橋渡しの弱さは、論文や特許の数だけでなく、この人材の散らばりというかたちでも表れているのである。
そこで本レポートは、散らばった研究者を新しい組み合わせで束ね直す機関横断のチームを、名指しで7件・62名・43機関にわたって提案する。核酸・抗体・遺伝子細胞治療・再生医療・AI創薬・ドラッグデリバリーという6つの技術に、種を薬に変える国産の治験・製造基盤のチームを加えた構成である。いずれのチームも、これまで一緒に論文を書いたことのない研究者どうしを、機関の壁を越えて橋渡しすることを狙いとしている。既存の共同研究の再確認ではなく、まだ出会っていない者を結ぶことに価値を置いた。
この課題は、単なる産業競争力の話にとどまらない。新薬が日本を素通りすれば、国内の患者は世界で使える最新の治療から取り残され、感染症が広がったときに必要な医薬品を自国で確保できない事態も起こりうる。だからこそ政府は創薬力を健康と医療の安全保障として捉え直した。経済の成長戦略であると同時に、国民の命と国の自立を守る戦略でもあるという二重の性格が、この分野を他の成長領域と分ける特別なものにしている。
以下の各章では、市場をどう読むか、技術がいつどこまで進みどんなリスクを抱えるか、制度の時間軸はどう動くか、勝ち筋の論理はどう組み立てられるか、人材はどこに偏っているか、そして機関横断チームをどう組むかを順に検証する。最後に、この戦略が外れる反証の条件と、短期・中期・長期の3段の打ち手を併せて述べる。基礎の強さを世界直行型の開発へ接続する道筋を、印象論ではなく実在の研究者と一次データに接地して、できるかぎり具体的に描いていく。
世界水準の基礎研究を、治験の強化とAIを使った創薬でつなぎ、はじめから世界市場を狙う『世界直行型』の開発に乗せる。
基礎の強みを、治験とAI創薬で新薬へ橋渡しせよ
まず状況を整理する。日本のアカデミアは、京都大学CiRAのiPS細胞、大阪大学IFReC(免疫学フロンティア研究センター)の免疫、本庶佑のPD-1、第一三共の抗体薬物複合体など、世界に通じる基礎研究の蓄積を持つ。理化学研究所や東京大学、慶應義塾大学、国立がん研究センターも、iPS・免疫・ゲノムの基礎と臨床の双方を担い、研究の層は先進国のなかでも厚い部類に入る。新薬の源となる知を生み出す力そのものは、決して弱くない。むしろ、そこは日本が誇れる数少ない足場のひとつである。
世界水準の基礎、届かぬ新薬
しかし何が変わったのか。この基礎研究の強みが産業に十分つながらず、欧米で承認された新薬の約6割が国内では開発にすら着手されないという構造的な弱さが、近年はっきりと露わになった。種は世界水準でありながら、それが治験や産業へと橋渡しされず、日本の患者にも世界の患者にも届く薬にならない。この「世界で承認された新薬が日本を素通りする」現象こそが、ドラッグ・ロスの実態であり、放置すれば患者の治療機会と国の創薬力の双方を静かに削っていく。
背景には、制度と国際競争の変化がある。薬の価格を継続的に引き下げる仕組みが日本市場の期待収益を下げる一方、米国はNIHに年470億ドルを投じ、FDA(食品医薬品局)の迅速承認と高い薬価によって、世界最大の創薬国であり続けている。欧州・中国・英国・韓国もそれぞれ薬事制度の改革と研究への集中投資で競争力を高めている。企業が新薬をどの国で開発し、どの国で最初に上市するかという計算式は、こうした各国の動きによって刻々と塗り替えられ、日本の順位は相対的に押し下げられている。
日本の弱さは、研究の質そのものではなく、研究から製品への流れの細さにある。基礎研究では世界水準の成果を出しながら、それを治験へ運び、品質を保って量産し、世界へ売るという一連の工程のどこかで流れが細り、多くの種が製品にまで到達しない。この工程の目詰まりを一つずつ解いていくことが、ドラッグ・ロスを反転させるための、地道だが本質的な作業になる。派手さはなくとも、ここを避けて通ることはできない。
この構図が突きつけるのは、日本の基礎研究が優れているだけでは、患者にも経済にも成果が返らないという厳しい現実である。優れた論文や特許が生まれても、それが治験を経て承認され、品質を保って量産され、世界市場で販売されるところまでつながらなければ、価値は実現しない。強みが存在する場所と、価値が実現する場所とのあいだに、大きな断層が横たわっている。この断層を埋めることこそが、創薬・先端医療分野の中心課題である。
歴史的に見れば、日本は低分子の時代には世界有数の新薬創出国であった。その強みが、抗体や細胞・遺伝子治療という新しい技術の波のなかで相対的に後退したことも、いまのドラッグ・ロスの一因になっている。過去の成功体験にとどまらず、新しい技術の波のほうへ強みを組み替えられるかどうか。問われているのは、変化への適応力であり、かつての勝ちパターンを手放す勇気でもある。強みは固定した資産ではなく、絶えず更新し続けるべきものなのである。
核心の問いはどこにあるか
そこで問いはこう立つ。基礎研究の強みを持つ日本は、生み出したシーズをどうやって社会実装へ橋渡しすべきか。そして各国が制度と投資で激しく競うなかで、日本はドラッグ・ロスの常態化を避け、新薬を生める国であり続けられるのか。この2つの問いが、創薬・先端医療分野の審議を貫く核心であり、本レポートが答えを出そうとする対象である。前者は主に技術と人材の問い、後者は主に制度と競争の問いだが、両者は分かちがたく結びついている。
答えを支える重層的な体制
本レポートの答えの骨格はこうだ。京都大学・大阪大学・慶應義塾大学・理化学研究所・東京大学・東北大学・国立がん研究センターが基礎と臨床を担い、AMED(日本医療研究開発機構)が研究費を戦略的に配分し、SCARDA(先進的研究開発戦略センター)が基金1,504億円でワクチンや新しい技術を支える。この重層的な体制を通じて、アカデミア発のシーズを治験・産業へと接続していく。個々の研究者の努力に委ねるのではなく、資金と機関の配置によって橋渡しを構造として設計することが要点になる。
重要なのは、これらの機関や資金が、それぞれ単独で動くのではなく、一つの流れとして連携することである。基礎を担う大学、研究費を配分するAMED、新しい技術を支えるSCARDA、そして治験と製造を担う産業が、種から薬までの流れのなかで役割を分担し、受け渡しの継ぎ目で種を落とさないこと。この継ぎ目の設計こそが、体制が絵に描いた餅で終わるか、実際に機能するかを分ける。
その接続を、抗体医薬・細胞遺伝子治療・AI創薬という高成長の技術と、それを支える国産の治験・製造基盤に集中させ、はじめから海外市場を狙う世界直行型の開発として実現する。限られた研究資源と人材を薄く広げるのではなく、勝てる領域に束ねること。これが戦略の背骨である。以下の各章は、この答えを市場・技術・制度・人材という4つの角度から順に検証し、最後に、散らばった人材を束ね直す具体的な再編成の案へと落とし込んでいく。抽象論を、名指しの提案にまで下ろすことを目指す。
| 国・地域 | 主要な政策・投資(要点) |
|---|---|
| 日本 | 内閣官房 健康・医療戦略室のもと2023年12月に『創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議(創薬力構想会議)』を設置し、2024年5月に中間とりまとめを公表。2028年までに低分子創薬計画50件・希少疾患薬承認150件・国際共同治験を100件から150件へ・創薬スタートアップへの民間投資の倍増を目標化。研究費の戦略配分はAMED(日本医療研究開発機構・2015年設立)、ワクチン開発はその下のSCARDA(先進的研究開発戦略センター・2022年設立・基金1504億円)が担う。 |
| 米国 | NIH(米国立衛生研究所)が年間約470億ドル規模の医学研究を支え、BARDA(生物医学先端研究開発局)が感染症・ワクチン・対策医薬の開発を資金支援。FDAが画期的治療薬指定(Breakthrough Therapy)・迅速承認(Accelerated Approval)で開発を加速する。2022年のインフレ抑制法(IRA)でメディケアによる薬価交渉が初めて導入された。 |
| 欧州(EU) | 2020年の『欧州医薬品戦略』で、医薬品へのアクセス・供給安定・競争力強化を掲げる。EMA(欧州医薬品庁)が中央審査で域内承認を担い、Horizon Europeで創薬・バイオ研究を支援。2023年にはEUの一般医薬品法(GPL)の大規模改正案を提示。HERA(欧州保健緊急事態準備・対応局・2021年)がパンデミック対策を担う。 |
| 中国 | 国家発展改革委員会(NDRC)のバイオ経済五カ年計画(2022年)で、革新的医薬品・細胞遺伝子治療・合成生物学を重点化。地方・国有ファンドと大規模な治験基盤で創薬を後押し。NMPA(国家薬品監督管理局)が2017年のICH加盟以降、審査の国際標準化と迅速化を進めた。 |
| United Kingdom | 2021年の『ライフサイエンス・ビジョン』で、ゲノム・細胞遺伝子治療・データを軸にした創薬立国を掲げる。MHRA(医薬品・医療製品規制庁)が独自の迅速承認経路(ILAP等)を整備し、NHS(国民保健サービス)の大規模な医療データとUK Biobank・Genomics Englandのゲノム基盤を強みとする。 |
| South Korea | 政府はバイオヘルスを国家戦略産業に位置づけ、バイオ医薬品・バイオシミラー・細胞遺伝子治療・デジタルヘルスへの集中投資と人材育成(バイオ人材10万人計画)を進める。MFDS(食品医薬品安全処)が承認を担う。 |
図:主要国・地域の政策と投資規模(日本を強調)。通貨・単位が国ごとに異なるため規模の直接比較ではなく、各国が何にどれだけ投じているかの一覧。出典は詳細ページを参照。
世界市場は成長、欧米新薬の6割が国内未着手
市場から見ていく。世界の医薬品市場は2024年に約1.6兆ドルへ達し、前年より9.1%増えた。これは巨大かつ成長を続ける市場であることを示す確かな数字である。ただし投資判断の土台に使ううえで注意が必要なのは、何を測るかで数字の桁が変わることだ。抗体医薬・細胞遺伝子治療・AI創薬といった先端の技術の市場は、1.6兆ドルという全体のなかの一部にすぎない。しかも、調査会社ごとの定義の違いによって、楽観的な予測値と保守的な予測値が大きく開くため、単一の数字を鵜呑みにはできない。
市場の中心は、伝統的な低分子から、抗体や細胞・遺伝子治療といった、より複雑で高価な先端の技術へと移りつつある。これらは製造も規制対応も難しいぶん、いったん参入できれば価格も高く、収益の伸びを牽引する。日本が狙うべきは、まさにこの技術的な難所である。難しいからこそ競合が限られ、長年の基礎研究の蓄積が効いてくる領域であり、資金力ではなく知の厚みで勝負できる場所だからである。
数字の定義に惑わされない
だからこそ、一次の権威データと二次の市場予測を明確に分けて読む必要がある。IQVIAが集計する世界の医薬品支出の実績、政府の投資額、創薬力構想会議が掲げた数値目標といった裏づけのある数字を土台に据え、調査会社の将来予測は、その上で幅を持って参照する。魅力的に見える楽観的な予測をそのまま前提にすれば、市場の実勢から乖離した投資判断を招き、限られた資源を誤った場所へ配分してしまう。数字を読む姿勢そのものが、戦略の質を左右する。
どこで収益を取りにいくか
そのうえで、日本はこの成長する市場のどこで収益を取りにいくべきか。答えは、選択と集中にある。投資機会は、抗体医薬・細胞遺伝子治療・AI創薬という高成長の技術と、それを支える国産の治験・製造基盤に集中する。市場全体を薄く追いかけるのではなく、伸びを牽引している領域に的を絞る。これは、豊富な資金で正面から張り合うことが難しい日本にとって、避けて通れない判断であり、勝てる場所を見定めてそこに人と金を寄せることが前提になる。
政府はその方向を、具体的な数値で示した。低分子の新薬50件、患者数の少ない希少疾患薬150件、そして国際共同治験150件という創薬力構想会議の目標である。低分子という日本の伝統的な強みを保ちながら、これまで採算が合いにくく手薄だった希少疾患薬へ本格的に踏み込み、はじめから世界と同時並行で治験を進める国際共同治験を大きく増やす。この3本柱は、単なる願望ではなく、日本が市場のどこで戦うかを規定する具体的な設計図として読むことができる。
これらの目標は、収益機会の在り処を指し示す羅針盤でもある。希少疾患薬は競合が少なく、一人あたりの治療価値が高く評価されやすい。抗体や細胞・遺伝子治療は、世界市場で収益の伸びをまさに牽引している成長領域だ。そして日本が長年かけて蓄積してきたiPS・免疫・ゲノムの基礎シーズは、この高成長の領域と正面から重なっている。強みと市場機会が偶然ではなく系統的に一致していること。それが、世界直行型という勝ち筋を成り立たせる根本の前提になっている。
速さが収益の大きさを決める
収益機会を見極めるうえで忘れてはならないのが、時間の要素である。同じ市場でも、早く入れば高い価格と大きな取り分を得られ、遅れれば競合が価格を下げた後の薄い市場しか残らない。世界直行型の開発が急がれるのは、この先行者の利益を取りにいくためでもある。市場のどこで戦うかという問いは、いつ入るかという問いと切り離せず、速さそのものが収益の大きさを左右する。このいつ入るかという時間軸の意識が、開発の速さを戦略の中心へと押し上げる。
国際共同治験を軸に据える意味は、とりわけ大きい。国内だけで治験を完結させ、後から海外へ展開する順序では、上市までに長い時間がかかり、その間に海外の競合が同じ標的で先行してしまう。はじめから複数の国で同時に治験を回せば、開発期間を短縮でき、世界市場への直行が現実の選択肢になる。世界直行型の開発は、市場戦略であると同時に、治験のかたちそのものの転換であり、この転換なしには収益機会をつかむこともできない。
したがって市場戦略の要点は、規模の大きさに目を奪われないことと、成長の質を見極めることの2つに集約される。定義の異なる楽観値に流されず、政策目標と高成長の技術という信頼できる2つの軸で、日本が世界直行型で収益を取れる場所を選び抜く。市場は着実に成長しているが、そのどこで戦うかを誤れば、成長の果実は他国に渡り、日本の手元には残らない。次章では、この勝負の場となる技術が、いつ、どこまで進み、どんなリスクを抱えているのかを具体的に見ていく。
製造基盤を国内に持つこと自体も、市場戦略の一部として読める。先端の医薬品は製造が難しく、安定して量産できる企業は世界でも限られる。国産の製造基盤を強くすれば、日本発の新薬を国内で作れるだけでなく、海外企業の製造を受託するという新しい収益の道も開ける。市場での勝ち筋は、薬そのものだけでなく、それを高い品質で作りきる力のなかにも宿っているのである。薬を高い品質で作りきる力は、それを売る力と同じだけ重い戦略資産である。
何を測るかで桁が変わる。政策目標と高成長の技術を軸に、どこで収益を取るかを見極める。▸ 市場・不可欠性の詳細を詳細ページで読む →
実装の加速を、反証条件とともに読む
技術の進み方を見る。先端医療の技術ロードマップは、2025年から2026年にかけて、AI創薬・CAR-T細胞療法・プライム編集・体内で直接遺伝子を書き換えるCRISPR・mRNAがんワクチンが、相次いで臨床や実装の段階へ進むと示している。基礎研究の成果が、実験室から実際の治療へと移る局面に、いままさに入りつつある。これは日本にとって、長年かけて蓄積してきた基礎シーズを実装へ乗せる、またとない機会である。波が来たときに乗れるかどうかで、次の10年の立ち位置が決まる。
それぞれの技術が持つ意味は大きい。AI創薬は、人工知能で膨大な候補のなかから効く薬を素早く見つけ出し、新薬づくりにかかる時間と費用を大きく縮める。CAR-Tやプライム編集、体内でのゲノム編集は、これまで治療の手段がまったくなかった難病に道を開く。mRNAがんワクチンは、感染症のワクチンで有効性が実証された技術を、がん治療へと広げる試みだ。精密な医療と再生医療の実装が、別々にではなく同時並行で立ち上がろうとしており、複数の領域で同時に前進の機会が開いている。
なかでもAI創薬は、他の技術を下から底上げする性格を持つ。膨大な候補分子や標的たんぱく質のデータを人工知能が解析することで、低分子でも抗体でも核酸でも、有望な候補を絞り込む速度が上がる。つまりAI創薬は、単独の一技術であると同時に、他のすべての技術の開発を加速する共通の道具でもある。この二重の役割が、限られた資源をどこに投じるかを考えるうえで、その優先度を押し上げている。
加速の裏に残る未解決リスク
一方で、加速する実装の裏側には、未解決の重大なリスクが残されている。CRISPRが狙いと違う場所を書き換えてしまうオフターゲット変異、人間の脳に近い組織を培養する脳オルガノイドをめぐる倫理、脳とコンピュータをつなぐ技術の長期的な信頼性、そしてiPS細胞が意図せず腫瘍化する懸念である。これらはいずれも、技術の前進を一夜にして止めうる本質的な課題であり、有望さに目を奪われて軽視すれば、実装は思わぬところで頓挫する。機会とリスクは常に背中合わせにある。
では、加速する実装と未解決のリスクの、どちらを軸に近未来を読むべきか。前進を示す予測の数字はある。Goldman Sachsは2026年までに遺伝子治療の年間承認が12件から18件に達すると見込み、NISTはプライム編集の精度が92%に届くと予測している。これらは、技術が着実に成熟へ向かっていることを示す具体的な指標であり、投資判断の材料として無視はできない。だが数字が示すのは方向であって、その実現が保証されているわけではない点に注意がいる。
予測と反証を対にして持つ
ただし、これらの前向きな予測を、そのまま計画の前提に据えることはできない。オフターゲットや長期安全性という反証の条件を必ず併記し、確度を見極めたうえで投資と開発の優先順位を決めるべきである。承認件数や精度の予測が実現するかどうかは、突き詰めれば安全性の壁を越えられるかにかかっている。楽観の数字だけを見て資源を賭ければ、壁に当たったときに損失は大きい。予測と反証を対にして持つことが、規律ある投資の条件になる。
技術の読み方の要点は、実装の加速を機会として捉えつつ、リスクを織り込んで段階を分けることにある。すでに臨床に近く、安全性の見通しが立つ技術には資源を厚く配分し、倫理や長期安全性がまだ確立していない技術は、検証と並走させながら慎重に育てる。すべてを同じ速度で進めるのではなく、確度に応じて資源配分に濃淡をつける。楽観の数字と反証の条件を両方手元に持っておくことが、不確実性の高い先端医療の投資では欠かせない規律になる。
基礎の強みと重なる技術群
そしてこの技術群は、日本が持つ基礎シーズと強く重なっている。iPS細胞は再生医療とmRNA・遺伝子治療へ、免疫の基礎研究はCAR-Tやがんワクチンへ、ゲノム解析の蓄積はゲノム編集へと、それぞれ直接つながる道筋がある。日本の強みは、いま立ち上がる実装の波と偶然ではなく系統的に接続している。基礎の強みを、この波にどれだけ的確に乗せられるか。それが、資金力で勝る各国に対して日本が質の勝負を挑めるかどうかの、分水嶺になる。
見落としてはならないのは、技術の選択が、人材と製造の準備と一体だということだ。臨床に近い技術に賭けると決めても、それを治験にかけ、品質を保って量産する体制がなければ、実装はそこで止まる。技術ロードマップは、後の章で述べる人材の再編成と、国産の治験・製造基盤の整備と、切り離しては読めない。技術・人材・製造という三者を同じ時間軸のうえで揃えて初めて、実装は加速する。どれか一つでも欠ければ、有望な技術も薬にはならない。
ただし、技術が基礎シーズと重なっているというだけでは足りない。その重なりを実際の開発へと変換するには、異なる技術を持つ研究者が機関を越えて協力し、治験と製造の担い手とつながる必要がある。技術ロードマップが示す機会は、人と人のつながりの再編成があって初めて現実になる。技術の話は、どこまで進んでも、必然的に人材と組織の話へと接続していく。ここが次章以降の主題になる。
▸ 技術動向・未来洞察の詳細を詳細ページで読む →承認を速め、薬価でイノベーションを評価せよ
制度の時間軸を追う。日本は薬機法の承認制度に加えて、先端医療を早く実用化するための経路を段階的に整えてきた。再生医療等製品の条件・期限付承認は2014年に導入され、一定の有効性が推定できれば、条件と期限をつけて先に承認し、市販後に本格的な有効性を確かめるという仕組みだ。さらに2022年には、緊急時に迅速に承認する緊急承認制度も加わった。制度の枠組みという点では、日本は先端医療を早く世に出す経路を、すでに手にしている。
早期承認という追い風
これらの制度は、iPS細胞や遺伝子治療のように患者数が限られ、従来型の大規模な治験を組みにくい先端医療にとって、早期の実用化を後押しする追い風になる。世界に先駆けて再生医療の早期承認経路を整えたことは、日本の制度設計の先進性を示す一面でもある。問題は、その経路が実際に開発と上市を日本へ呼び込む力を持っているのか、それとも制度は整っていても企業が使わない、形だけのものにとどまるのか、という点にある。
この早期承認の経路は、患者数の少ない希少疾患薬にとって、とりわけ意味が大きい。従来の大規模な治験は、十分な患者が集まらなければ組めず、希少疾患はそれだけで開発が遠のいてきた。条件と期限をつけて先に承認する仕組みは、この壁を下げ、希少疾患薬150件という政策目標を、現実的に手の届くものへと近づける土台になる。制度と数値目標は、互いに支え合う関係にある。入り口の制度設計が、希少疾患薬という目標の現実味を、静かに下から支えている。
薬価という逆風
ここで制度のもう一つの側面が、重く効いてくる。薬の価格を継続的に引き下げる制度が続けば、早期承認という入り口の追い風があっても、日本市場から見込める収益そのものが下がる。すると企業は、日本での開発・上市を後回しにする合理的な理由を持ってしまう。規制は日本での開発を後押しするのか、それとも素通りを招くのか。同じ制度が、設計次第で正反対の方向に作用しうる。入り口を開くだけでは足りず、出口の魅力まで整えて初めて意味を持つ。
各国の制度変化も、競争条件を絶えず動かしている。米国のFDAは、画期的治療薬の指定によって有望な新薬の承認を速める一方、IRA(インフレ抑制法)による薬価交渉を導入して、価格の抑制にも動いた。欧州は医薬品法の大きな改正を進めている。迅速な承認で開発を呼び込む動きと、価格を抑えて医療費を管理する動きが、各国で同時に走っている。企業は、この相反する2つの力のバランスを国ごとに見比べながら、どこで開発し上市するかを選んでいる。
この構図のなかで、日本の投資判断は、明快な条件に集約される。早期承認制度の追い風を最大限に活かしつつ、薬価がイノベーションの価値を正しく評価できるかどうか、である。もし引き下げ偏重が続けば、どれだけ承認の入り口を速めても、出口である市場の魅力が乏しく、新薬は日本を通り過ぎていく。制度設計の巧拙が、そのまま創薬立国であり続けられるかどうかの将来を左右する。承認と価格評価は、片方だけでは機能しない。
見落としてはならないのは、制度が守るべき対象が、市場の魅力だけではないという点だ。早期承認で先に世に出した製品の市販後の安全性をどう担保するか、条件と期限をつけた承認を、検証の完了まできちんと運べるかという、出口の品質管理も同時に問われる。承認を速めることと安全を守ることは対立ではなく、両立させて初めて制度は社会からの信頼を得られる。そしてこの信頼こそが、世界直行型の開発を長く支える見えない土台になる。
制度は動かし続ける
制度改革は、一度きりの大きな決定ではなく、市場と技術の変化に合わせて継続的に調整していく営みである。早期承認の運用実績を測り、生み出された価値を制度が正しく評価できているかを検証し、必要なら見直す。この調整のループを回し続けることが、制度を生きた道具として保つ。固定したまま動かさない制度は、絶えず動き続ける国際競争のなかで、いずれ足かせへと変わってしまう。動かし続ける意志があって初めて、制度は足かせではなく競争力へと変わる。
制度をめぐるもう一つの論点は、各国の審査基準をどこまで揃えるかである。国際共同治験を回すには、日本の審査基準が世界の標準と大きくずれていないことが前提になる。基準の調和が進めば、一つの治験の結果を複数の国でそのまま使え、世界直行型の開発が加速する。制度は国内だけを見て設計するものではなく、世界とどうつながるかまで含めて設計すべきものである。世界とどうつながるかまで含めた設計が、世界直行型開発の前提になる。
したがって2030年に向けた段取りは、早期承認の経路を世界直行型の開発と噛み合わせながら、薬価制度をイノベーション評価型へと調整していくことにある。承認を速める制度と、生み出された価値を正当に評価する価格制度という両輪がそろって初めて、アカデミア発の基礎シーズが国内で薬になり、そこから海外市場へと届いていく。制度は、勝ち筋を実現するための前提であると同時に、政策の意志ひとつで方向が変わる、最大の変数でもある。
図:この分野の有望な投資機会を、動き出す時間軸(近い将来・中期・長期)と実現の確度(棒の濃さ)で配置。左ほど早く動き、濃いほど確度が高い。
世界直行型開発と国産製造基盤を国家課題に
勝ち筋を、一本の論理として組み立てる。本分野の審議と洞察が示す結論はこうだ。PD-1・iPS・抗体薬物複合体という世界水準の基礎研究を持つ日本は、治験の強化とAI創薬による世界直行型の開発でドラッグ・ロスを反転し、海外市場を獲りにいくべきだ。基礎の強さを、はじめから世界を狙う開発へと接続する。これが、市場・技術・制度の検証を貫いて浮かび上がる中心の主張であり、以下ではこの主張を支える3つの柱と、それを貫く実装層を順に見ていく。
主張を支える三つの柱を見る
その筋を支える柱の第1は、大学発のシーズを実装へつなぐ、アカデミア起点のスタートアップである。PD-1・iPS・抗体薬物複合体の蓄積が次世代の候補を生み、大学の研究室で生まれた種が、スタートアップという器を通じて薬へと育っていく。その層の厚さは、この起点を数多く生み出す力の源泉であり、資金力では及ばない各国に対して、日本が優位を主張できる数少ない足場のひとつである。種を生む力を、薬を生む力へと変換する経路が要る。
このスタートアップの起点を数多く生むには、大学の研究者が起業へと踏み出しやすい環境と、初期の開発を支える資金が欠かせない。基礎の層が厚くても、そこから会社が生まれ、投資を集め、開発を前へ進める経路が細ければ、種は研究室のなかにとどまったままになる。エコシステムの第3の柱は、この起業と初期開発の経路をどれだけ太くできるかと、分かちがたく結びついている。起点となる会社の数が、その先に開ける勝ち筋の広さそのものを決めていく。
第2の柱は、技術の多様化だ。低分子という伝統的な強みに、核酸・mRNA、抗体・抗体薬物複合体、遺伝子・細胞治療、再生医療・iPS、AI創薬、ドラッグデリバリーという複数の技術を束ねる。単一の技術に賭ければ、その技術が安全性や規制の壁に当たったときに、戦線全体が崩れてしまう。勝ち筋の技術群を厚く持つことで、市場や規制の変化に耐え、どこかが伸びれば全体が牽引されるという、しなやかで折れにくい構造をつくることができる。
第3の柱は、それらを実際に薬へ変えるエコシステムである。京都大学・大阪大学・理化学研究所・東京大学が基礎を担い、AMEDが研究費を戦略的に配分し、SCARDAが基金1,504億円でワクチンや新しい技術を支える。研究資金が、アカデミアと産業をつなぐ回路として働くことで、生まれた種が孤立せずに開発の流れへ乗る。個々の研究の強さを、点のままにせず、面としての創薬力へと束ね上げる仕組み。それが、この第3の柱の担う役割である。
三本柱を下から支える基盤
この3つの柱を貫いて下から支えるのが、種を薬に変える国産の治験・製造基盤である。どれだけ優れた種があっても、国内で治験を回し、品質を保ったまま量産できなければ、患者には決して届かない。政府はこの創薬力の強化を健康と医療の安全保障に位置づけ、感染症に対応する製品を国内で作れる体制の確立を、国家の課題に掲げた。パンデミックの経験が、ワクチンや医薬品の製造を国内に持つことの戦略的な重みを、痛みとともに教えたのである。
国際競争が裏づける合理性
国際競争の構図も、この勝ち筋の合理性を裏づける。米国はNIH年470億ドルとFDAの迅速承認・高薬価によって世界最大の創薬国であり、欧州・中国・英国・韓国もそれぞれ薬事改革と集中投資で競っている。この面々を相手に、潤沢な資金力で正面から張り合うのは現実的ではない。だからこそ日本は、基礎研究の強みを実装へ的確につなげる、質と速さの勝負に持ち込めるかどうかで、立ち位置が決まる。土俵をどこに設定するかが問われている。
そのうえで政府は、創薬力の強化を健康医療安全保障として国家戦略に据え、世界直行型開発と、感染症対応製品の国産体制の確立を国家課題に掲げた。これは、創薬をもはや一産業の問題としてではなく、国の安全と自立にかかわる問題として捉える視点への転換を意味する。この位置づけがあるからこそ、薬価・治験・製造にまたがる制度改革を、省庁の縦割りを越えて一体で進める政治的な後ろ盾が生まれる。戦略の格が、実行力を左右する。
つまり日本は、2つのシナリオの分岐点に立っている。アカデミア発のシーズと技術の多様化とエコシステムによって世界直行型開発を実現する勝ち筋か、それとも薬価の引き下げで市場の魅力が下がり、世界の新薬に素通りされるドラッグ・ロスの常態化か。どちらの未来へ向かうかは、生まれ持った基礎研究の強さではなく、これからの政策実行の成否によって決まる。強みはすでに手にしている。それを結果に変える実行こそが、分岐を制する。
技術の多様化と安全保障は、実は同じ論理でつながっている。単一の技術や単一の供給源に依存すれば、それが途絶えたとき、国全体が治療の手段や必要な医薬品を一度に失いかねない。複数の技術を厚く持ち、製造を国内に確保することは、産業としての強さであると同時に、危機に対する備えでもある。勝ち筋の設計は、平時の成長と有事の自立とを、一本の線でつないでいるのである。平時の成長と有事の自立は、切り離せない一対として設計すべきものである。
アカデミア発シーズ×モダリティの多様化×エコシステムで、世界直行型開発を実現する。
図:政府の勝ち筋(重点技術)ごとに編成した新研究クラスター。ドットはまたぐ既存分野の数と参加機関の数(1つ=1)で、各チームがどれだけ分野・機関を横断して組まれているかを示す。
散らばった研究者を機関横断で束ね直せ
人材の実態を、数字で見ていく。本分野の研究者は約22,006名にのぼる。層は厚いが、その分布には無視できない偏りがある。最大のグループである「分子標的治療・腫瘍微小環境」に4,382名、全体の約20%が集まっており、がんの分子標的と、その周辺の基礎研究に人材が濃く集中している。研究者のおよそ5人に1人が、この一つの領域に属している計算になる。層の厚さは強みだが、その厚みが特定の領域に偏っていることが、実装への広がりを妨げている。
それに続くのが、「再生医療・iPS細胞」の4,123名、「がん免疫療法・免疫療法」の2,580名、「遺伝子治療・放射線治療」の2,556名である。日本発の強みであるiPS細胞や免疫、遺伝子治療の領域にも、たしかに相当数の人材がいる。しかし勝ち筋となる先端の技術ほど、少人数ずつ、しかも大学や研究機関ごとにばらばらに散らばっており、束としての力を発揮しにくい構造になっている。同じ目標を持ちうる研究者が、互いを知らないまま分散しているのである。
偏在が実装を阻む
この偏りは、基礎の強さが産業へ十分つながらないという橋渡しの弱さと、表裏一体の関係にある。がんの分子標的や基礎研究に人材が厚く集まる一方で、核酸医薬やAI創薬、ドラッグデリバリーといった実装により近い技術は、機関を横断してまとめられていない。種そのものは世界水準で存在するのに、それを薬へと運ぶ隊列が、人材の面から見ても組めていない。研究者の分布そのものが、ドラッグ・ロスの一因になっているとさえ言える。
研究テーマの近さで研究者を機械的にグループ分けした既存の区分を読み取ると、その散らばりの実態がよく見える。全体は284の領域クラスタに分かれており、勝ち筋の技術は、そのなかの複数の小さなクラスタに分散している。同じ標的や同じ手法へ向かえるはずの研究者が、互いの存在を知らないまま、別々の機関で別々の名前のグループに属している。この見えにくい分断こそ、人材の面から見たドラッグ・ロスであり、束ね直しが求められる理由である。
この分断を放置したまま資金だけを投じても、効果は限られる。すでに厚い領域がさらに厚くなるだけで、勝ち筋の技術は少人数のまま取り残されかねない。必要なのは、資金の量ではなく、それをどこへ、どんな組み合わせで流すかという設計である。散らばった研究者を、目標を共有できる単位へまとめ直す視点を持てるかどうかが、同じ額の人材投資の効き目を、大きく変えることになる。誰をどう組み合わせるかという設計こそが、同じ額の人材投資の成否を分ける分水嶺になる。
中核機関という重心
中核となる機関は明確だ。京都大学CiRAはiPS細胞、大阪大学IFReCは免疫、理化学研究所と東京大学はゲノムを含む基礎と臨床を担い、世界的な研究者がシーズの創出と臨床への橋渡しを支えている。京都大学CiRA・大阪大学IFReC・理化学研究所を核に、iPS・免疫・ゲノムの世界的研究者が集まっている。この中核の存在は、散らばった人材をまとめ直すときの、確かな重心であり軸になる。核があるからこそ、周辺を再編成できる。
その基礎と産業をつなぐのが、研究資金の回路である。AMEDが研究費を戦略的に配分し、SCARDAが基金1,504億円でワクチンや新しい技術を支える。京都大学・大阪大学・慶應義塾大学・東北大学・国立がん研究センターが基礎と臨床を担い、アカデミア発のシーズを治験・産業へ接続する役割を果たす。問われているのは、この資金の配分先を、既存の強い領域をさらに厚くする方向ではなく、散らばりを束ね実装へ橋渡しする方向へ、どれだけ向けられるかである。
隊列を組み替え続ける
人材の束ね直しは、一度組んで終わりではない。技術は進み、研究者の関心も移っていく。だからこそ、どの領域に誰がいて、どこが薄いのかを継続的に把握し、隊列の組み替え方を更新し続ける仕組みが要る。人材の地図を最新の状態に保ち、勝ち筋の変化に合わせて隊列を組み替えていくこと。これが、世界直行型開発を人の面から、一過性ではなく長く支えていくための基盤になる。その組み替えを続ける仕組みそのものが、長期にわたる競争力の源になる。
機関を越えて再編成することには、もう一つの効用がある。同じ機関の中だけで研究を続けると、発想も人脈も次第に似通ってくる。異なる機関、異なる専門の研究者が一つのチームで出会えば、これまで思いつかなかった組み合わせや解決策が生まれやすい。人材の再編成は、足りないところを補うだけでなく、新しい発想を生む装置としても働く。多様性そのものが、実装の推進力になる。異なる分野の出会いが、実装へ向かう新しい道を、次々と開いていくのである。
したがって人材戦略の課題は、研究者の頭数を増やすこと以上に、すでにいる人材を束ね直すことにある。分子標的や基礎研究に偏った分布のまま放置すれば、勝ち筋の技術は少人数のまま孤立し続け、実装へ向かう推進力を持てない。中核機関の強みを軸としながら、機関の壁を越えて人材を再編成すること。この人材のかたちの転換が、世界直行型開発を人の面から支える。次章では、その再編成を、名指しの具体案にまで落とし込んで示していく。
図:この分野の研究者が既にどの研究のまとまりに集中しているか(人材の偏在)。最上段が最も人が集まる核で、全体の約20%を占める。勝ち筋に沿う機関横断チームは、この偏在をまたいで新たに編成する。
6モダリティ+国産治験基盤を名指しで組む
ここからは、散らばった研究者を束ね直す具体案である。分野の研究者は約22,006名、そのうち氏名と所属が確認でき、本人と特定できる研究者は17,026名にのぼる。この母集団に対して、勝ち筋の技術ごとに少人数で散らばる研究者を、これまで一度も一緒に論文を書いたことのない新しい組み合わせで、大学・研究機関の壁を越えて束ね直す7つのチームを提案する。既存の共同研究の再確認ではなく、まだ出会っていない者どうしを意図的に橋渡しすることが、この案の眼目である。
提案するのは、名指しで7件・計62名・参加43機関にわたる機関横断チームである。核酸・mRNA、抗体・抗体薬物複合体、遺伝子・細胞治療、再生医療・iPS、AI創薬・低分子、ドラッグデリバリーという6つの技術に、種を薬に変える国産の治験・製造基盤のチームを新たに加えた構成だ。各チームは、いずれも異なる研究グループ・異なる機関に属する研究者で組み、一つの機関や一つの学派のなかに閉じないように設計している。散らばりを弱みではなく多様性の源泉へと転じる試みである。
共著のない新しい組み合わせ
新規性は、思いつきではなく機械的に確かめた。7つのチーム・計244組にのぼるメンバーの組み合わせのうち、244組すべてが確認済みの共著の記録に不在、すなわち一度も一緒に論文を書いていない新しい組み合わせであることを、保守的な照合で検証している。既存の共同研究をなぞるだけでは、新しい価値は生まれない。まだつながっていない研究者を意図的に結ぶことにこそ、この提案の狙いがあり、244組すべてが新規という結果は、その狙いが貫かれていることを示している。
この束ね直しがもたらすのは、代表性の向上でもある。独立した監査の指摘を受けて各技術の名指しを増やした結果、約1万7千人という名指し可能な母集団に対する代表性は、およそ0.16%から0.36%へと高まった。数字としては小さく見えるが、勝ち筋の技術ごとに実在の顔ぶれを厚く示せたことは、この提案を、抽象的な議論から具体的な検討の土台へと着実に引き上げている。この具体性こそが、抽象的な議論を実際の検討へと前進させる力になる。
各チームの顔ぶれを名指す
たとえば核酸・mRNA医薬のチームには、東京理科大学の和田猛による立体化学を制御した安全で高活性な核酸医薬の研究や、長崎大学の佐々木均による粘膜に投与する型のワクチン開発が入る。情報の配列を設計する研究、体内へ安定して届ける研究、実際に病気を狙う応用という異なる強みを、別々の機関から一つのチームへと束ねる。単独では届かない国産の核酸医薬を、異なる専門の組み合わせの力によって生み出そうという設計である。
抗体医薬・抗体薬物複合体のチームには、大阪大学の梶浦裕之による糖鎖の構造で抗体の機能を高める研究などが加わり、AI創薬・低分子のチームには、産業技術総合研究所の椿真史による量子物理を反映した説明可能なAI創薬技術が入る。遺伝子・細胞治療のチームには、京都大学の谷口克によるNKT細胞を用いたがん免疫療法が加わる。いずれも、氏名と所属が確認できる実在の研究者を代表として織り込み、各技術の顔ぶれに具体性を持たせている。
とりわけ新設した国産治験・製造基盤のチームは、勝ち筋の実装層そのものである。九州大学の上平正道による革新的な医薬品生産技術、東京大学の長村文孝による初期臨床試験の設計改革、慶應義塾大学の松嶋由紀子による国際共同治験を支える人材教育が、機関を越えて組み合わさる。抗体や核酸を安定して大量に作り、臨床試験を国際的に設計・運営する足腰を、大学の側から強くする。種を薬に変える最後の一区間を、誰が担うのかを明示した点に意義がある。
独立した監査を経た是正版
この提案は、独立した監査を経た是正版である。監査の指摘を受けて、各技術の名指しを6名から8名から9名へと増やし、約1万7千人規模の分野に対する代表性を高めた。同時に、がんの診断・病態の解明・ナノ粒子の毒性評価・合成手法そのものといった、治療の薬をつくる研究とは言えない研究者10名を除外し、あくまで治療モダリティの開発を担う実装の担い手へと純化した。生成と検証を分け、独立した目で見直した点が、この案の信頼性を支えている。
そのうえで厳守したのは、捏造をゼロにすることである。名指しは、氏名と所属が確認でき、本人と特定できる確かさが基準を満たす実在の研究者に限り、氏名は一切生成していない。基準を満たさない研究者は人数のみを示し、連絡先や各種の識別子といった氏名以外の個人情報は一切出していない。将来の連携はあくまで仮説であって、確定した事実ではないことも明記している。実在への接地と個人情報への配慮を、両立させることを原則とした。
だからこそ各チームには、反証の条件を併記している。たとえば、配列設計・送達・治療応用の技術が、すでに1つの企業連合や既存の共同研究のなかで完結して進んでいる場合、機関をまたいで新たに束ねる意味は小さくなる。治験と製造も、大手製薬企業と受託製造企業の枠内ですでに閉じているなら、大学が新たに加わる余地は限られる。この提案は断定ではなく仮説であり、独立した検証と組み合わせて初めて、実際の連携の設計へと使えるものになる。
限界も、率直に記しておく。治験や製造の担い手は本来、製薬企業や受託製造企業といった産業側に多く、学術のデータベース上では薄くなりがちだ。そのため国産治験・製造基盤のチームは、他が9名のところ8名にとどまった。また、キーワードの一致に基づく抽出であるため、軽微な誤分類は残りうる。それでも、散らばった種を薬へと運ぶ隊列を、抽象論ではなく実在の研究者に接地して具体的に描いたことに、この案のいちばんの意義がある。
この提案の正しい使い方は、確定した連携リストとして受け取ることではない。まず各チームの組み合わせが実際に意味を持つかを、現場の研究者や産業の当事者とともに検証し、反証条件に当たらないことを確かめたうえで、対話の入り口として用いる。これは散らばった人材を束ね直す発想の見取り図であり、そこから先は、人が実際に集まり議論することで初めて、連携が具体的な形になる。見取り図は、現場での対話の入り口として使われて、初めて本当の価値を持つ。
6モダリティに国産の治験・製造基盤を加え、共著のない新しい組み合わせで7チーム・62名・43機関を束ね直す。
図:新研究クラスター(行)が、どの機関(列)の研究者を含むかの分割表。行末「機関数」が大きいチームほど機関横断が広く、列下「関与チーム数」が大きい機関ほど複数チームに関わる要の機関。(機関は関与の多い上位12件を表示)全リストは下表と詳細ページを参照。
| 新クラスター | 名指しした研究者(所属) |
|---|---|
| NC1核酸・mRNA医薬 | 宋 復燃(電気通信大学)、栗林 太(川崎医科大学)、佐々木 均(長崎大学)、長友 優典(北海道大学)、高谷 智英(信州大学)、稲垣 雅仁(名古屋大学)、嶋津 務(九州大学)、和田 猛(東京理科大学)、片平 じゅん(大阪公立大学) |
| NC2抗体医薬・抗体薬物複合体 | 梶浦 裕之(大阪大学)、川嵜 敏祐(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所)、西村 紳一郎(神戸学院大学)、和田 聡(昭和大学)、東 恭平(東京理科大学)、古本 博孝(横浜国立大学)、安部 貴大(自治医科大学)、小林 一清(福島大学)、福井 成行(浜松医科大学) |
| NC3遺伝子・細胞治療 | Nemekhbayar Baatartsogt(自治医科大学)、吉岡 和香子(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター)、生田 亜由美(国立研究開発法人国立循環器病研究センター)、岡田 怜美(長崎大学)、上野 敏憲(名古屋大学)、夏 霖澤(徳島大学)、長弘 茂樹(東京科学大学)、谷口 克(京都大学)、山田 勇磨(北海道大学) |
| NC4再生医療・iPS細胞 | 古村 浩子(東京大学)、宮川 聡美(東京医科大学)、川辺 良一(筑波大学)、永田 瑞(東京科学大学)、楡井 東(福島県立医科大学)、横井 貴之(久留米大学)、平野 啓(国立研究開発法人国立成育医療研究センター)、濱田 啓一(明海大学)、近藤 恭士(公益財団法人ルイ・パストゥール医学研究センター) |
| NC5AI創薬・低分子創薬 | 須原 義智(芝浦工業大学)、内古閑 伸之(明治大学)、野島 陽水(大阪大学)、大池 正宏(九州大学)、椿 真史(国立研究開発法人産業技術総合研究所)、松葉 慎太郎(金沢医科大学)、米澤 貴之(東京歯科大学)、来見田 遥一(北里大学)、黒住 尭巨(岡山大学) |
| NC6ドラッグデリバリー・製剤 | 保科 克行(東京大学)、村上 義彦(東京農工大学)、川東 正英(京都大学)、秋山 好嗣(東京理科大学)、木谷 彰岐(愛媛大学)、原田 直純(東京科学大学)、濱 進(武蔵野大学)、兒玉 幸修(長崎大学)、木村 廉(大阪大学) |
| NC7国産治験・製造基盤(バイオ生産・レギュラトリー) | 上平 正道(九州大学)、増田 光一郎(国立研究開発法人産業技術総合研究所)、西田 直史(北海道大学)、森川 敏彦(昭和大学)、長村 文孝(東京大学)、松嶋 由紀子(慶應義塾大学)、中川 知世 (中村 知世)(東京工科大学)、山地 秀樹(神戸大学) |
薬価が外れれば、戦略全体が崩れる
最後に、この戦略が外れる条件を、先に正面から述べておく。最大の反証条件は、薬価制度である。薬の価格を継続的に引き下げる制度が続けば、早期承認という入り口の追い風があっても、日本市場から見込める収益が下がり、世界の新薬に素通りされる。薬価がイノベーションを評価できず、引き下げ偏重が続けば、ドラッグ・ロスはむしろ常態化する。これが、最も現実的で、最も警戒すべきシナリオであり、戦略全体の成否を握る単一の最大変数である。
技術面にも反証条件がある
技術面の反証条件も、併せて持っておく必要がある。遺伝子治療の年間承認件数やプライム編集の精度の予測が示すほど技術が前進したとしても、CRISPRのオフターゲット変異やiPS細胞の腫瘍化といった長期安全性の壁を越えられなければ、実装はそこで止まる。楽観の数字と反証の条件を両方見て確度を見極めなければ、有望に見える技術に資源を賭けて外す危険が残る。前進の予測を信じることと、壁の存在を忘れないことは、両立させねばならない。
これらの反証条件を持つことは、悲観するためではなく、戦略を頑健にするためである。どの条件が満たされなくなったら方針を見直すのかを、あらかじめ決めておけば、状況が変わったときに素早く舵を切れる。楽観の勢いに流されず、警戒すべき兆候を測り続けること。この規律こそが、不確実性の高い先端医療という長い旅路を、途中で座礁せずに進むための羅針盤になる。測り続けるという規律が、長い航海のあいだ、戦略の安全を守り続ける。
三段の時間軸で打ち手を示す
そのうえで、打ち手を3段の時間軸で示す。短期(2025年から2027年)は、いま臨床に近く、安全性の見通しが立つAI創薬・CAR-T・mRNAがんワクチンに資源を厚く配分し、国際共同治験150件という目標に沿って、はじめから世界と同時に治験を回す体制を立ち上げる。早期承認制度の経路を、世界直行型の開発と噛み合わせ、成果が早く見える領域から実装の実績を積み上げる。まず小さくとも確かな成功例をつくり、勢いと信頼を生むことが要点になる。
中期(2028年から2030年)は、種を薬に変える国産の治験・製造基盤を、本格的に整える段階である。抗体や核酸を安定して大量に作る生産技術、国際共同治験を設計・運営できる人材、製造の品質と規制対応を支える体制を、機関を横断して束ねる。本レポートが提案した、7チーム・62名・43機関にわたる人材の再編成は、まさにこの中期の打ち手を、人の面から具体化した設計案にほかならない。実装層の足腰を、この期間に固める。
長期(2030年以降)は、薬価制度をイノベーション評価型へと調整し、アカデミア発のシーズが国内で薬になり、そこから海外へ届いていく循環を、恒常的なものとして定着させる。承認を速める制度と、生み出された価値を正当に評価する価格制度という両輪がそろって初めて、基礎研究の強さが、一過性ではなく持続的に新薬へと結実する。制度と人材と資金という三者を、ばらばらにではなく同じ方向へ噛み合わせること。それが、長期に見たときの最大の要点である。
中立な立場から描いたもの
最後に、本レポートはNPOの中立な立場から、特定の企業や技術を過度に持ち上げることなく描いたものである点を、付け加えておく。示したのは断定ではなく、実在のデータに接地した仮説と、それが外れる反証の条件である。読み手には、この見取り図を出発点として、それぞれの文脈で検証し、判断してほしい。答えを閉じるのではなく、考えるための材料を開くことが、本レポートの役割である。
三段の打ち手を貫くのは、制度と人材と資金を、同じ方向へ揃え続けるという一つの姿勢である。どれか一つが先走っても、他が追いつかなければ流れは細ってしまう。短期の実績で信頼を生み、中期で実装層の足腰を固め、長期で制度を評価型へ整える。この順序と連携を崩さないことが、生まれ持った基礎の強さを、確かな新薬へと変えていくための、現実的で着実な道筋になる。同じ方向へ揃え続ける姿勢こそが、すでに手にした強みを確かな結果へと変えていく。
総じて、日本は基礎研究の強みという大きな資産を持ちながら、それを新薬へ変える橋渡しの段で、長く遅れをとってきた。抗体医薬・細胞遺伝子治療・AI創薬という高成長の技術に、国産の治験・製造基盤の整備と、機関の壁を越えた人材の再編成を組み合わせ、そのうえで薬の価格制度を評価型へと改めること。この一連の打ち手が噛み合えば、ドラッグ・ロスは反転しうる。生まれ持った基礎の強さを武器に、日本は世界市場を正面から獲りにいける位置にいる。
産業創造プロセスで読む — この領域はいま、どの相にあるか
ICFM(産業創造 基盤予測モデル)は、産業の誕生を発火前の基盤成熟から離陸後の自己増殖まで6つの相で読み解く枠組みです。この枠組みで創薬・先端医療領域を眺めると、いずれも成熟しきった巨大産業でありながら、AIや新モダリティが既存の統合点を組み替えつつあり、次の結節点をどこに置くかが問われている段階だと見えてきます。基盤の厚さと研究者供給の圧倒的な厚みが、この領域の特徴です。
| 産業(IIDB) | 律速軸 | F / Q / R | 最大のボトルネック |
|---|---|---|---|
| 医薬品 | 成熟→次世代核 | 1 / 0.89 / +6.3 | 成熟→次世代(AI創薬による新モダリティ探索の統合点) |
| バイオ医薬・バイオテクノロジー | 成熟→次世代核 | 1 / 0.93 / +6.5 | 成熟→次世代の遷移律速=CGT量産・fill-finish供給網統合の希少能力(結節点)が形成途上。 |
| 治験・臨床開発支援 | 成熟→次世代核 | 1 / 0.81 / +6 | 成熟→次世代=DCT患者分散網統合点が日本で未整備(導入遅延という固有リスク)。 |
| デジタルヘルス・医療DX | セクターの動き | 0.8 / 0.23 / +2.2 | has_integration=0(統合点欠落)が唯一の律速。主因=セクター動き(市場断片化・支配的設計がEpic型民間 |
| 医療機器 | 成熟→次世代核 | 1 / 0.89 / +6.3 | 成熟→次世代=デジタルヘルス/AI診断デバイス統合点(バイオデザイン型結節点)が日本で未形成。 |
律速軸は「成熟→次世代核」が4産業、「セクターの動き」が1産業で、萌芽段階の産業はありません。医薬品(F=1.0、Q=0.887、R=6.349)、バイオ医薬・バイオテクノロジー(F=1.0、Q=0.925、R=6.527)、治験・臨床開発支援(F=1.0、Q=0.812、R=5.998)、医療機器(F=1.0、Q=0.887、R=6.349)はいずれも「基盤が厚い」と判定され、核となる科学も素材も確定需要も、大手製薬・CDMO・IQVIA・Medtronicといった支配的統合者も揃って全位置が充足しています。ここで欠けているのは新しい産業要素ではなく、次世代の結節点です。医薬品ではAI創薬による新モダリティ探索の統合点、バイオ医薬では細胞遺伝子治療(CGT)の量産とfill-finish供給網を統合する希少能力、治験ではDCT(分散型臨床試験)の患者分散網、医療機器ではデジタルヘルスとAI診断デバイスの統合点が、それぞれ次に組み立てるべき位置とされます。
一方でデジタルヘルス・医療DX(F=0.8、Q=0.225、R=2.152)だけは性格が異なり、律速軸が「セクターの動き」で相3(流動・多様試行)にあります。医療AI・オンライン診療・電子カルテはいずれも実運用に達しているのに、40社超が乱立する電子カルテを横断して束ねる統合点だけが欠けています。米国がEpicという民間の支配的設計で統合を達成したのに対し、日本はデジタル庁の標準型電子カルテとHL7 FHIRという公的標準で統合を試みる段階にあり、その帰趨が支配的設計を決めます。Qの低さ(0.225)は、この統合点の欠落を正直に映しています。成熟した4産業が次世代核の結節点を、デジタルヘルスが統合点そのものを求めているという対比が、この領域の構図です。
研究者供給は31.1万人版(本体235,521人とサブ76,054人の合計)のfield_class分類で見ると、「医療・長寿」91,629人と「精密ゲノム」10,107人の合わせて101,736人と、担当領域のなかで際立って厚い層を持ちます。この10万人規模の研究者基盤は、AI創薬や細胞遺伝子治療、分散型治験、AI診断デバイスといった次世代の結節点を、研究者連携で組み立てていくうえで大きな資産です。政策が創薬力の向上を掲げる方向と、それを支える研究者層の厚みは、この領域では例外的によく噛み合っています。
ICFMがこの領域で指し示すのは、欠けているのが統合の担い手ではなく(全位置充足)、既存の科学を次世代のモダリティやデジタル基盤と結ぶ結節点だという点です。医薬品では創薬化学・機械学習・計算生物学・臨床薬理を束ねて探索コストを桁で下げる結節点が、バイオ医薬では遺伝子工学・細胞生物学・バイオプロセス工学・品質工学を束ねてCGTを量産可能にする結節点が、治験では臨床試験方法論・デジタルヘルス工学・医療情報学を束ねて日本のDCT遅れを埋める担い手が、医療機器では医工学・画像診断AI・生体材料・規制科学を束ねて臨床課題から新デバイスを生む結節点が求められます。デジタルヘルスでは、医療情報標準化・臨床AI・データガバナンスを束ねる研究者クラスターと、それを実装する中立的なデータ基盤の担い手が最重要です。これら5産業には実名の研究者クラスターがまだ編成されていませんが、10万人を超える医療・長寿と精密ゲノムの研究者層は、結節点を立ち上げる母集団として十分な厚みを持ちます。NPOという中立の立場からは特定企業の統合を代行できませんが、この中立的なデータ基盤や横断クラスターの設計に学術知を接地させる橋渡しには寄与できます。
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本サマリーは要点と全体像を示すものです。各テーマの一次資料・数値・出典・全リストは、詳細ページ「創薬・先端医療 詳細」でご確認いただけます。
出典・作成:本サマリーは内閣官房「日本成長戦略」関連の公表資料(議事要旨・政府目標・配布資料)および公開された学術・産業データに接地して作成した編集物であり、政府の公式見解ではありません。新研究クラスター構成案の名指し研究者は、研究者データベースおよび機関公式ディレクトリで実在・所属を照合しています(捏造ゼロ)。数値は生成時点の実データです。